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​© photo by Chokko Yamadaya

電雲日報其百十四

August 29, 2018

 

 

 

 

離れるからこそ気付けることもあるのかな。新琴似の大先輩から。

平成30年8月29日 水曜日
8:00 メールチェック等
8:30 日報作成
9:00 入稿作業 wifiなかった、どうしよう
11:00 写真セレクト
13:00 出発
13:30 撮影
19:30 アイデア出し 妄想タイム

今日は午後から撮影なので、午前中にいろいろ進めたいが、wifiが繋がってないことにいま気づいた。入稿ができない。どこかへ行かなければならないようだ…。それによって予定も大幅に変わってくる。

火曜日の報告
宿といっても閑静な住宅街の一軒家をお借りしてる。鳥のさえずりや木が風で揺れる音くらいでとても静かな環境。とても居心地がよく制作物も進んだのだが、その分、出かけるのが遅れてしまった。

札幌から札沼線に揺られて新琴似駅に着いた時はもう16時頃。マンションが立ち並び高架の立派な駅になっていたが、昔は周りに何もない無人駅だった気がする。ずいぶんと変わったものだ。新琴似神社の境内にあった保育園はキレイに立て直していまも健在。同じ境内にあった古い建物は新琴似屯田兵の中隊本部。それが今は資料館になっていた。中に入るともう16時で終わり…。なのにそこの管理をされてる方が少しくらいならといろいろと案内してくれた。それがもう知らなかったことだらけ。北方警備の任もあったことから、九州諸藩の元士族方々220人とその家族が新琴似は入植したこと。ちなみに道内でも内陸部は警備よりも開拓に重きを置いたから元々百姓だった方々が中心の屯田兵だったとか。泥炭地の原野を切り開き、巨大な排水溝を作ったことで農地となり、その後は大根栽培に成功。資料館内には当時の農機具などがあったが、新琴似に住んでた頃はまだ、サイロがかろうじてあった。あれは牧場ではなくて、農耕馬のためだったんだなと点と点が結ばれた。生まれた頃は畑もほとんどなかったけれど、農地を住宅地へ整備している頃だったんだなあと。あと新琴似が1955年に編入されるまで、札幌郡琴似町新琴似だったなんて誰にも聞いたことがない。紆余曲折を経ていまがあることを実感した。大先輩たちに感謝なんだけど、これが高々百数十年前のこと。とても身近に感じられる。今でも最初に入植された方の3代目、4代目が住んでらっしゃる。手が届きそうな歴史なんだよなと思った。そんな新琴似で住んでた通ってた学校なんかを6×6でフィルム1本12枚、自分だけが沁みる写真をプリントするのが楽しみだ。

 

 

 

 

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